日当山温泉

日当山温泉

日当山温泉

神々しい高千穂から源を発する天降川。その清流の両岸に広がる日当山温泉郷。後ろには桜島が浮かぶ錦江湾があり、海の幸、山の幸、畑の幸が魅力の温泉地です。

前に霧島連山を仰ぎ、後ろに火を吐く桜島の雄姿を眺め大自然の恵みを受けてゆったりとした時間が流れています。 自然との語らいの中から、清姫・清武などのぬくもりのあふれた温泉地が育まれてきました。 山麓ならではの風情と、四季折々に豊かに表情を変える自然がうれしい、心にほんのりしみてくる日本のふるさとです。

古くから鹿児島の奥座敷として栄えた温泉地で、昔ながらの共同浴場も多く、家族湯(家族風呂)発祥の地であり、様々な種類の温泉場があります。
またお肌に優しい泉質が人気で、色白の美肌をつくる美人の湯としても有名です。

家族みんなで楽しんだり、一人でゆっくりと日々の疲れを癒したり、日当山温泉郷はまさに温泉天国と呼ぶにふさわしい場所です。

維新の立役者達

明治維新の英雄「西郷隆盛」や「小松帯刀」が日当山温泉を好んだことは人々によく知られています。泉質のよさもさることながら、日当山の絶景なる自然風景の雄大さを気に入られていたそうです。
西郷南州翁は日当山付近の山野で狩に汗し、また、天降川の川瀬で鮎釣りに興じました。その疲れを天然温泉で癒したのでしょう。西郷南州翁が入った元湯が「西郷どんの湯」という名で、今でも懐かしさがあふれた共同浴場として残っており、その当時宿泊先とし元湯の前にあった龍宝伝右ヱ門宅は、現在、蛭児神社前に藁葺屋根の古民家「西郷どんの宿」として復元され、地域の人々にも親しまれています。

また、西郷隆盛が坂本龍馬と妻のおりょうを、鹿児島へ新婚旅行に誘ったことは有名な話です。
1866年(慶応2年)、薩長同盟が取り交わされた直後、刺客に襲われ傷を負った坂本龍馬は、おりょうを伴い療養も兼ねて鹿児島を訪れました。天降川の上流の塩浸温泉に長期滞在したことが有名ですが、実際は、その前後は日当山温泉にも滞在しており、天降川のほとりには龍馬とおりょうが岸につけたことを示す木柱が立っています。
錦江湾に面し古くから栄えてきた浜之市港は、坂元龍馬とおりょうがめぐった霧島新婚旅行の出発点となりました。

文化財 湯本大権現碑

湯本大権現碑

当温泉敷地内に祀られている「湯本大権現碑」(ゆのもとだいごんげんひ)は、日当山温泉郷の古さを物語る貴重な文化財です。
僧明源、鎌倉時代の永仁元年(1293)の銘があることから碑の建てられたのは鎌倉時代の後半期で、明源というお坊さんがお湯の出た事を記念して、湯源にご神体として石を湯の神様として祀ったものを思われております。
また、石碑の裏に永禄10年(1567)の追刻があり、そこには「石碑は地下5尺(約160cm)の所に埋まっていたが、松慶というお坊さんが四月中旬に三夜共に同じ夢をみて石碑が地下にあることを知り、それを掘り起こした。感激のあまり、松慶は経緯を碑の裏に彫り、国土安穏・万民の幸せを祈り、再び碑を立て直した」と刻まれています。

270年あまり土の中に埋まっていた石碑を夢のお告げで取り出し、そして、感動のあまり、そのいきさつを碑の裏に彫ったものが現存しています。日当山温泉姫城地区の温泉の古さと、スピリチュアルな部分を物語る貴重な文化遺産でもあり、姫城地区の温泉の起源を知る上で重要な石碑になります。

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